

『自分たちの好きなように会社を作っていけばいい。
他と違ってても、普通じゃなくても、信じられることをやっていく。
信じられること、それって案外と少ないものですから
そう、本当に愚直に、率直に、真摯にそれを探してきたんです』
2026.01.27
ぶらり帰り道にインターン生と話していると「最近、全部AI面接なんですよ」とのこと。
「え、全部なの」
「そうなんすよ、AIでなんか調子くるっちゃうんですよね」
「たしかに、なんか間合い取りづらそうだしね」
「で、最後にフィードバックしてくるんです」
「は、面接なのにそんなアドバイスもらっちゃうんだ」
「もうちょっと掘り下げた方がいいとか、論理的にした方がいいとか」
「うわー、きついねえ」
大企業ともなると数百人、数千人の応募があるでしょうから、人事部の人員を考えると面接に進む人数を絞りたくなるのでしょう。
そうして人が面接してるとその場でコメントしづらいけど、AIだと応募者にサクッとアドバイスまでできてしまうという変化。
もちろん応募者はしたたかで、おそらく事前にAI面接の模擬練習をAI相手にやっていることでしょう。
さて、ここでもし自分だったらこのAI面接なるものをどう対応するのかと考えてみます。
ちょっとずるいですが、結局AIを使って作戦を練るでしょう。
大企業が採用してそうなAI面接サービスをリストアップしてもらい、同時にそれらの共通仕様と違う点を比較し、人事部が設定できる範囲を特定し、AI面接がどんな企業にも共通する項目と特定の会社にマッチするかを判断する項目を割り出し、AI自身が質問をどういう形で聞いてきて、単語や文章の構成、声量やトーン、表情の何をみているかを確認する(ここまでで3分経過)。
最初のふるい落としに使われ、もし300人から100人と倍率3倍と予想されるケースなら、平均点だと落とされる可能性があるので、ベースは平均をとりつつ、上位1/3に入る項目だけポイントを稼ぎ、すべりこむといった具合でしょうか(ここまでで5分経過)。
そこではじめてAI模擬面接をいくつかやって点数を出します。その上で、最初にたてた仮説やサービスの仕様にズレがなかったかを調整して、AI模擬面接を体にしみこませます。あまりやると最適化しすぎて逆効果なので1時間以上はやらない、とします。(ここに60分かける)。
と、ざっくり考えてから思うのはなんだか循環してるなという感覚。
AIの面接のために、AIを使ってAI面接サービスの仕組みを理解し、AI模擬面接官で微調整し、本番のAI面接でアドバイスをもらう。
面接というプロセスが変わるだけじゃなくて、何かを暗示している気がしてきます。
単に面接が“人からAIに変わった”だけじゃないとしたら、それは何を指ししめしているか。
もしかしたら、5年後までに大企業の業務が同じようになる予行演習かもしれないな。
つまりAIの定めた目標に対し、AIを使って仕事をし、AIに評価されて、足りないところはAIにトレーニングしてもらう。
もしそうであるなら、今から全方位のAI環境を予期してそこでどうあるべきかを考えておいた方が良いかもしれません。
2026.01.14
情報工学で見られるグラフ問題は、よく組織に応用されます。
組織は人の集まりで、2人より10人の方が情報は多くなるものです。
人が増えれば、つながりが自動的に増えていき、つながると情報がやりとりされますから、全体でみれば情報量が急に増えていきます。
たくさんの人がいると、なんだか温度感が違う人いるなあと感じるのはそのせいもあるでしょう。
では、人数によって情報量はどういう増え方をしているのか?
それを数字にしたものがネットワークの組み合わせ爆発と呼ばれていますので、少し引用してみます。
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組合せ爆発
https://w.wiki/HSNh
コンピュータネットワークにおいて、ノードを追加していくと必要な通信路が急激に増大する。このことを組合せ爆発と称する。ただし、実際には指数関数的に増えるわけではなく、厳密にはせいぜい多項式的増大である。
2つのノード間で通信する必要があるとき、1対1の適当な通信路1本で直接接続すればよい。しかし、3つめのノードを追加すると、通信路が3本必要となる。4ノードでは6本、5ノードでは10本、6ノードでは15本と増えていく。これを一般化すると、n ノードでの通信路数l は次のように、n の2乗のオーダーで増加する。
l = n(n−1)/2
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lという情報量を組織の人数で計算してみますと
2人ならl = 1
5人ならl = 10
10人ならl = 45
25人ならl = 300
50人ならl = 1,225
100人ならl = 4,950
ざっくり15人目ぐらいから急激にカーブがかかるのです。
ですから10人超えたぐらいで“組織化”と呼ばれる手法が導入されます。
役職で階層化したり、部門に分けたり、職掌を定義したり、定型フローを作ったり、就業規則を作りこんだり、全社発表会をしたりと。
まあ、情報量が多すぎて処理できなくなると不透明なところが増えますから、トラブルが生まれやすく、スピードが落ちてきて、利益率が下がって、退職者が増えてくる、で自然と何とかしなきゃいけなくなって、イコール組織をいじろうとなるものです。
おそらく部門ごとにKPIという目標を作ったりするのも、この情報爆発を抑制する仕掛けの一つなのでしょう。
ふうむ、とここまで整理して気になってくるのは、“情報爆発”って本当は何だろうなということです。
情報爆発を高次の無限集合みたいに悪者扱いするのではなく、操作可能にできないものか。
情報量が多いからって、重要な情報だけ残してあとは削ぎ落としていいのか。
人が増えたからといって、慣例的に“組織化の手法”を導入するだけでいいのだろうか。
と、ここでもう一度組み合わせ爆発の前提に立ちもどってみますと、どうもノード(人)とノードが等価にすべて結びついている点が気になってきます。
もし仮に人と人が等しくつながらずにうまくグラデーション(濃度)にできれば、情報の爆発を遅らせられるんじゃないか、とか。
もう一度、さきほどの引用文の続きを持ってきます。
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これを減らすためのひとつの方法は、情報を媒介する汎用的手段を中心に置くことであり、この場合通信路の数はノード数n に等しくて済む。しかしこの場合の欠点は、
1:1対1では電話やテレタイプのように特に手順らしい手順を定めなくとも通信できるかもしれないが、媒介手段に対応するためには通信内容に付加された宛先に基づく経路制御をする必要があるのでTCP/IP、SMTPなど何らかの通信プロトコルを導入する必要が生じる点
2:中心の媒介手段が障害や性能不足に陥れば全部の通信が影響を受ける点
である。2:の欠点のために、実際の設計では必ずしも通信路の数を減らしさえすればいいわけではなく、ある程度の冗長性を残した複雑なシステムを構築することが多い。
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そうです、やり方は考え方一つでいろいろ思いつくものです。
人が集まって活動することの在り方、ちょうど今年は午年ですから視線を高くして、今一度考えてみたいと思います。
本年は年初より軽やかに駆けだしてまいりますので、引き続きご贔屓のほどよろしくお願いいたします。
2025.12.15
たまたま違うところから
「次はデット(借入)でまかなおうと思うんですが・・・・・・」
「ここでエクイティ(株主資本)の調達って、どう思います?」
という相談をうけて、似たような感想を返していました。
つまり、ごく普通のこと
「お金を集めるのはいいけど、結局どれにどう投資する(何に対してお金をどう燃やす)かじゃない」
というものです。
お金を燃やすという表現。
なんとも物騒ですが、ビジネス界隈ではよく使われます。
キャッシュ・バーンレート(お金を燃やす速度)という単語のとおり、お金を早く大量に使うことで時間やノウハウを買うといった考え方があります。
前借りして集めた大量のお金を使い、あっという間に優秀な人を集め、大きなオフィスを借り、目を引く提携を決め、記者や編集者と仲良くなり、CMやSNSで認知を広げて、未来の企業価値を計画して、資金がつきる前に期待値を最大化する、をくりかえす。
直線的にうまくいけば儲けものですが、意外とネックになるものがあります。
お金でいろいろスピードアップするはずなんですが、どうにもスピードアップできないものもあるんですね。
たとえば、子どもの成長で考えてみると分かりやすいでしょうか。
仮に1年分の食べ物を買い、1週間で食べられたとしても、すぐに1年後の身長や体重にはならないということです。
要はスピードアップにも差があり、きちんとスピードアップできるものとそうじゃないものを選りわけておく。
スピードアップできるものにグラデーションをつけて投資するけど、そうじゃないものはうまく見守る。
資金は調達したときがピークですから、減りつづけるお金に反比例するように焦りばかり募らせていけば、うまくいくものもいかなくなるのかなあと思ったりします。
2025.12.03
いくつかの生成AIに同じテーマを探求させたり、テーマをしぼりこんで2つの生成AIに差分を互いに突っこませていると、なんだか同じ山を違うルートから登ってたり、同じ道のはずなのに違う山にいっちゃうんだと感じることがあります。
回答ごとに行き先が分岐し、踏み出した一歩が次の分岐を引きよせる。
同じ生成AIでも聞くタイミングやニュアンスで答えが違ってくる。
それを遠くから眺めていると、なんだか物理でいう経路積分っぽいなあと思ったのでちょっと引用してみます。
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経路積分
https://w.wiki/4z2s
古典力学(古典系)では、ある質点の運動の様子(運動の経路)は初期状態を決めてしまえば後は運動方程式を解くことによって一意的に定まる。一方、量子系では量子的な不確定さ(量子ゆらぎ)が存在するため、古典系のような一意的な経路の決定はできない。
量子系で素粒子などの運動の様子を求める方法はいくつか存在するが、その一つとして経路積分による方法がある。
経路積分の数式では、始点と終点を結ぶ経路は無数にかつ大域的に分布している。それら無数の経路を計算上で合成すると求める結果となる。 経路積分法によって求めた測定値の確率分布は、通常の演算子形式で求めた確率分布と一致する。
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こむずかしい記述ですが、いわんとしているのは「いつもちょっと道が違うかも」ということでしょうか。
ゴールを目指して出発する、というより、出発してからゴールを目指すけどいつも道が違うからゴールも違っちゃうかもしれないな、という感じ。
ここらへんが古典的な論理演算である検索エンジンとガッツリ違うのですから、そりゃ、”正しい/正しくない、信じる/信じないの地平線”から離れるしかなくなりますね。
2025.11.13
入社したばかりのインターン生と話すと「なんか固いな」と思うことがあります。
それは身体が緊張しているというのではなく、物事を固めて見てるのかなと感じるからです。
ううむ、うまく表現しづらいなと思ったので他力本願、熱力学から用語を拝借してみます。
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系 (自然科学)
https://w.wiki/48gN
熱力学の観点では、系は外界との間で許されるエネルギーの移動の形態から分類される。 熱力学において考察されるエネルギーの移動の形態は、仕事と熱、および物質(質量)の移動に伴うエネルギーの移動である。
略
外界との間で物質の移動を許す系は開放系(開いた系、open system)、物質の移動を許さない系は閉鎖系(閉じた系、closed system)と呼ばれる。閉鎖系のうち物質の移動に加えて熱によるエネルギーの移動も許さない系は断熱系(adiabatic system)と呼ばれる。
さらに断熱系のうち、物質の移動や熱に加えて、仕事によるエネルギーの移動も許さない系、つまり、あらゆるエネルギーの移動を許さない系は孤立系(isolated system)と呼ばれる。 外界とのエネルギーの移動に制限がある系では、その制限に応じた法則が成り立ち、孤立系ではエネルギー保存則、断熱系ではエントロピー増大則、閉鎖系では質量保存則が成り立つ。
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アナロジーで恐縮ですが、固いとはおそらく「閉じてる系で解釈するスタンス」かなと。
すでに与えられた条件、これまで知っている知識を前提にそこから結末を演算する方式。
そこではある程度の法則性が成りたち、再現性という魔術が立ちあらわれる。
そうして、自分がのぞむ未来とは決まったステップを刻めば到達するものだと思えてくる。
しかしながら、社会で生きていくっていうのはなんとも不確実なことばかりです。
途中から新しい要素が加わったり減ったりして前提が安定しない、つまり開いた系。
だから、法則が成り立ちにくく、わかりやすい見通しなんて立てられない。
不意にやってくるノイズに戸惑いながらも、本当は意味があるのかもしれないなと継ぎ足してみて、組み立てみて、眺めてみて、ふうむ、らせん階段をのぼるように再解釈していくんだろうな。
なんてことをぼんやりと考えていたら、来週からまた新しいインターン生が入ってくるのでちょうどいい機会。
さりげなく、ふんわりと聞いてみようと思います。
2025.11.07
会社を経営していると、就業規則や社会保険で“定年”という区切りを意識せざるをえません。
みんなとずっとはたらいていきたいと思うものの、下の世代の活躍を考えれば線引きが必要なんだろうなとも感じます。
もし退職時期を区切らざるをえないとすれば、その前後でどんな気持ちになるものでしょうか?
やっぱりどことなく寂しいでしょうし、何かがポッカリと空いてしまう感覚でしょうし、新しいことにトライする億劫さもあるでしょう。
だったら「あえて区切らない、逆からみる」というのはどうでしょうか。
つまり、定年という概念がなく、あらゆる不調にあわせられる会社。
やる気があればいつまでも続けられて、いつでも辞めてもいい。
週1回でも週5日でも選べて、健康じゃなくてもできるもの。
気力が減っても、入院しても、要介護でもできる仕事。
本人次第ですが、お見舞いがてら新しい仕事を手渡すってのも一興ですね。
働きざかりの20歳から50歳までを想定したものじゃなくて、80歳の平均的な健康状態から逆算して作られる組織ってなんだろう。
そんな新しい会社のために、どんなビジネスの形態があるんだろう。
片手間ながら、最近はそんなことにトライしています。
2025.10.17
夕方の風が冷たくなってくると、すこし古びた望遠鏡をかついでオフィスの屋上にのぼっています。
宵の口にゆらゆらとまたたく星と沈みゆく三日月を眺めてから帰途につくのですが、そんな毎年のルーティンが意外と落ち着くものです。
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星三百六十五夜
野尻抱影(著)
https://www.chuko.co.jp/tanko/2022/04/005534.html
十時過ぎ、今年初めてのオリオンが昇っているのを見た。葉をふるい落とした桜並木の枝にかかって、星が一つ一つ火花のように爆ぜていたので、庭の西がわまで歩いて行き、さえぎるものがないようにして眺めた。
暮春のころ西の地平へ見送ってから、夏の夜明けに見たこともないではないが、それは消えていく姿で、今夜こそ半年ぶりの対面だった。私は忙しく、三つ星、小三つ星、それらを長方形に囲む四つの星の配置と、一々の色、瞬きに眼を配って、安心したような気分になった。
これは少年の昔、木枯らしの夜に見おぼえてから、毎年今ごろになると経験することで、この雄麗な星座がいつも若く新鮮な印象が、まるで初めて見るもののように思える。この驚嘆と賛美を年々くり返してきて、さらに死ぬ日までもくり返して行けることは、星に親しむ者のみに許された特権だと思う。
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移りゆく世の中にあわせていく楽しみがあるからこそ、いつまでも変わらない地点に立ちかえる時間がひときわ輝いてみえる。
会社で絶えることなくたくさん挑戦していくんだから、この季節に同じ場所で等しくきらめく星々のようにみんながもどってこれる座標系を大切にしたい。
ちょうど今月から17年目のシーズンがはじまりましたが、変わるもの/変わらないもの、まずはそいつをやっていこうと思っています。
2025.09.29
教える、教わるって難しいもんです。
「教えても教えても、全然うまく伝わらないんです」
「教えてもらった後に何したらいいか分かりません」
「自然とすごいところに自分を導いてくれる人が理想です」
もっともらしい(?)意見を聞くたびにまあまあとなだめていましたが、本当はどうするのがいいんだろうと思っていました。
ぶっちゃけていえば、相手と自分は違う人間だから本質的には“教える/教わることができない”んじゃないかと。
ある人がうまくいったのは、その人の経験や性格、タイミングが前提としてありますし。
別の人がそれを逐一真似ても、どこにもうまくいく保証がないんです。
という不確実さを抱えたまま、教える/教わるを続ける不誠実さ。
だからといって、バックグラウンドが違う相手に何かを届けるってことを諦めたくないものなんですね。
でもなあ、どうしようかなあ。
何が伝わるとよくて、どうあるといいのかなあ。
そう思っていた頃に、ひとすくいの文章を目にすることになります。
それが今でも、Mogicでの教え方のベースになっているんじゃないでしょうか。
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詩のこころを読む
茨木のり子(著)
https://www.iwanami.co.jp/book/b269008.html
もし、ほんとうに教育の名に値するものがあるとすれば、それは自分で自分を教育できたときではないのかしら。
教育とは誰かが手とり足とりやってくれるものと思って、私たちはいたって受動的ですが、もっと能動的なもの。
自分の中に一人の一番厳しい教師を育てえたとき、教育はなれり、という気がします。
学校はそのための、ほんの少しの手引きをしてくれるところ。
高等小学校卒の石垣りんは学歴に関して劣等感を抱きつづけたと何度も書いていて、あるいは自分で気づいてはいないのかもしれませんが、自分で自分をきびしく教育することのできた稀な人にみえます。
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