Mogicはかんがえる

『自分たちの好きなように会社を作っていけばいい。
他と違ってても、普通じゃなくても、信じられることをやっていく。
信じられること、それって案外と少ないものですから
そう、本当に愚直に、率直に、真摯にそれを探してきたんです』

代表取締役 山根陽一

2026.05.01

それっぽいバランスじゃないか

自分で会社をつくる、登記をする。

大げさにみえがちですが、割とすぐできるものです。

いくばくかの資本金を準備して、書類を提出したらハイ、スタート。

手続きですから、段取りを踏めば進んでいくのです。

ですが、最初の勢いが鈍ってくるのはこの次からでしょうか。

それは自分たちが何をどうしたいか、どうなりたいかを決める段階。

こればかりはフォーマットがありませんから、うんうん唸りながら書きつらねるしかありません。

めちゃくちゃ売りあげていこう、自分の夢を実現させよう、日本一のサービスを作ろう、成功して南国で暮らそうなど、なんでも入れることができます(もちろん日本で活動することを踏まえて、法に則り、倫理的でなければなりません)。

と、さまざまな動機がある中でMogicはどう考えたのか。

いくつかあるうちの一つ、それが「社会と個人の間にある、なくてもよさそうな摩擦をできるだけ取りのぞいてみたい」という試みでした。

朝起きて会社にいきたくないをなくす、適度な運動になるぐらいの通勤時間にする、ぎゅうぎゅうで並ぶようなことを少なくする、踏切で10分とか待ちたくない、朝礼で号令や良い話なんて聞きたくない、ゆっくり飲み物を準備して週末にあったことを話したい、おやつや飲み物を買いにいくのが面倒、オフィスで過ごせばお金をほとんど使わなくていい、目の前に緑が広がりデスクが広い、怒号や叱責を飛ばさない仕組みをつくりたい、失敗に舌打ちはいらない、意味のない会議はしたくない、自分たちが自信をもてるサービスにしたい、おつきあいのあるクライアントやパートナーと信頼感のある関係でいたい、近所の会社をしらんぷりではさみしい、目にみえない遠くにいる人をそっと支えたい、会社の飲み会は最高の食事で無料に、みんなのコンディションにあわせて就業規則を作り変える、成長した分だけさらなる成長にふりむける、いろんなバックボーン/年齢/趣味の人がいていいんじゃない、売上を考えない楽しいプロダクトも作りたい、もちろん持続的に成長できるサービスを運営しつつだけど、ノルマや目標って作る方も見る方も大変、30年50年先の自分たちのライフスタイルをイメージし、お金を使う前に頭を使いたい、お互いを信頼してるけどべったりじゃなくてあっさり、飲みニケーションはしなくていいかな、飲めない人もいるし、学生に楽しくはたらくことってことをシェアしたい、面接ではスキルとか能力より一緒にやっていけるかを重視、お互いの状況を慮って仕事をしたい、調子が良くても悪くてもいい、平日に会社でつかれて週末にリフレッシュとかじゃない、キャリアや能力開発ってリアリティないな、オフィスで植物を育ててもいいよね、備品だって屋上でつくればいい、一つ節約できたら一つお取り寄せで美味しいものを食べよう、なんて。

書いてみて思いますけど、これをバランスよく組み立てるのは難儀なこと。

売上を目指せばハードワークが必要だろうし、環境を良くすればぬるま湯なんてこともあるでしょう。

自分たちで自由に動かせる体制じゃないとできないから、自己株式は100%で維持しなきゃいけない。

誰かが気兼ねなく休めるように、属人的じゃダメだからあらゆるシステム化を極限まで推進する。

おやつや飲み会を無料にするのにもちろん余剰金が必要だから、規模より利益率を高める。

会社のやりたいことと個人のやりたいことをマッチさせたいから、いつでも議論する。

バックグラウンド関係なく学ぶにはゆとりが必要だから、ノルマはいらないかな。

30年後をイメージするから、長期に資産形成できるような制度にしたい。

そうですね、やはり社会で生きづらいのは社会のニーズ VS 個人のニーズという対立項になりがちで、当然のように社会 > 個人という図式で犠牲をはらっている感覚(広い意味での「疎外」)になってしまうからでしょう。

ですから完全に折り合えはしないのですが、社会のベクトル と個人のベクトルをうまく合成して関数化する(就業規則を変更したり)という風に経営していく。

特別なノウハウとかじゃなくて、ただ単純にそんなことだけを考えてやってきました。

無論、摩擦をなくすことが最終的な目的じゃなくて、摩擦=悪でもないから、どのタイプの摩擦を良しとして何を避けるのかそのあたりもみんなで話し合いながら時間を積み重ねてきました。

振りかえってみるとはじめに描いたとおりじゃなかったけど、それっぽく上がったり下がったりしてバランスをとってきたんじゃないかなと思えてきますね。

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疎外
https://w.wiki/3TYR

疎外(そがい、独: Entfremdung、英: alienation)とは、哲学、経済学用語としては人間が作った物(機械・商品・貨幣・制度など)が人間自身から分離し、逆に人間を支配するような疎遠な力として現れること。またそれによって、人間があるべき自己の本質を失う状態をいう。

ラテン語のalienato(他人のものにする)に由来する疎外概念は、経済、社会、歴史的には、客体として存在するようになったものを操作する力を主体が失っている状態のことを指す。たとえば、あるものが私とは無関係であるという場合、そのあるものに対して私は無力なものとして疎外(ないがしろに)されていることになる。この疎外を克服することによって、人間はその本来の自己を取り戻し、その可能性を自己実現できるものとされる。
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