Mogicはかんがえる

『自分たちの好きなように会社を作っていけばいい。
他と違ってても、普通じゃなくても、信じられることをやっていく。
信じられること、それって案外と少ないものですから
そう、本当に愚直に、率直に、真摯にそれを探してきたんです』

代表取締役 山根陽一

2022.01.31

蝋梅(ロウバイ)が咲くころ

幼い頃、生け花の先生のお家に通っていたことを蝋梅が咲くころに思い出します。

今ではITの仕事をしているので数字を使ってカリカリとロジカルに話す人だと思われがちですが、経営の感覚は自然との関わり合いに似ています。まずは季節を感じる一節より。

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日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―
https://www.shinchosha.co.jp/book/136351/

前は、季節には、「暑い季節」と「寒い季節」の二種類しかなかった。

それがどんどん細かくなっていった。

春は、最初にぼけが咲き、梅、桃、それから桜が咲いた。

葉桜になったころ、藤の房が香り、満開のつつじが終わると、空気がむっとし始め、梅雨のはしりの雨がふる。

梅の実がふくらんで、水辺で菖蒲が咲き、紫陽花が咲いて、くちなしが甘く匂う。

紫陽花が終わると、梅雨も上がって、「さくらんぼ」や「梅の実」が出回る。

季節が折り重なるようにやってきて、空白というものがなかった。

「春夏秋冬」の四季は、古い暦では、二十四に分かれている。

けれど、私にとってみれば実際は、お茶に通う毎週毎回がちがう季節だった。
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重厚長大な装置産業をやっているわけではないので、簡潔にいえば「人の集い」がすべてです。

集まっている人は毎年どころか、過ぎていく節目ごとに変化していきます。

小さな芽が出た人、つぼみがふくらんだ人、咲き誇っている人、根っこに蓄えている人。

移ろいゆくさまを受けとめて、考えることも流れるように変わっていけばいいのだと思っています。

2022.01.24

よぎる直感、かかる時間

ふとよぎる直感が何年もかかってようやく裏付けられることがあります。

樽で寝かせるお酒のように、はじめは言葉や絵がつめて保管されていて、とてもゆっくり溶けだしていきます。

自分で会社を作った方がいい、という直感には10年かかりました。

教育ITサービスLearnOを提供した方がいい、には7年。

目標を掲げずにアナログで評価していこう、に5年。

オフィス前を歩く人のためにディスプレイしたら、は3年。

しばらくは苦々しく変わりばえがしないので、道草は少なからず。

焦れて成果をもぎとりたい気持ちは、いつも絶えず。

辛抱して手間暇かけてこそ、目に見えないものはいい具合になるようです。

2022.01.17

ゆるやかにつながっていく

正月明けから、オフィスの前でMogicオリジナルカレンダー2022版を配布しています。

昨年が好評だったので、今年も楽しみにしてくれているかな、そうでもないかなと半信半疑でしたが、3日に分けて70部超はいずれも数時間でなくなりました。

アンケートを見てみると「昨年使ってよかったので、今年も楽しみです」という感想から「ぜひオフィスのディスプレイ作りに参加したいです」というリクエストまで。

ちょうど今年から外部の方と新しいパートナーシップを模索していこうと話していましたので、ピンときました。

Mogicのオフィス前を歩かれている方ともコラボしていこうと。

たとえ会社に所属しなくても、一緒に何か作り上げていくことはできます。

オンラインでもオフラインでも、ゆるやかにつながっていく1年になりそうです。

2022.01.11

好奇心が芽吹いてくる

社員はもちろん、インターン生にもことあるごとに発信をうながしています。

会議の冒頭でちょっと話をすることだったり、ブログの記事を書くことだったり、新しいデザイン案を試すことだったり、オンラインチャットで意見を展開することだったり。

最初は、自分の中のものを表現するのに戸惑いがあります。

準備できてない、恥ずかしい、慣れていない、したことがない、理由はたくさんあるでしょう。

でも、いいんです。

不格好でも、未経験でも、さらされても、分からなくても、誰かに見せてみましょう。

自分一人ではいくらでも発信を先延ばしにできますし、リアクションももらえませんから、会社で縛りがあるぐらいがちょうどいいのです。

見てくれてると思えば、なぜだか新しい好奇心も芽吹いてくるものです。

2022.01.06

ストーブで暖めはじめ

早いもので2022年の会社がスタートしました。

いつもより1時間早く出社してシンと冷えたオフィスにパチパチとスイッチを入れていきます。

すっかり何の仕事をすればいいか忘れてしまった頭にうっすら記憶が蘇ってきます。

今日は雪が降るらしく、エアコンだけだと心許ないのでゴリゴリと石油ストーブのノブを回して火を入れました。

しゃべる加湿器が「お久しぶりです」といってから「湿度が低すぎです」というので、ストーブの上に水をたっぷりいれたヤカンを置きます。

古めかしく、みんなが来る前に書き初めでもしようかと思っていましたが、手先が凍えてまったく動かないのでやめました。

そうこうしてコーヒーをコポコポと注いで、このブログが今年の書きはじめになります。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2021.12.27

ぼんやり過ごす長期休暇

目覚めてからすぐに「あ、そのアイデアでいこう」と思いつくことがあります。

歩いていたり、シャワーを浴びている時に浮かぶ人もいるようで、その謎を解く一つの仮説を見つけたので共有します。

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夢を見るとき脳は
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784314011860

NEXTUPモデルでは、夢は睡眠に依存する記憶処理の一形式と考える。

それまで手つかずだった弱い連想の発見と強化を通じて、既存の記憶から新しい知識を抽出する独自の働きをするのである。

この日変換されたばかりの新しい記憶ー重要なできごと、職場で小耳にはさんだ議論、あるいはちょっとした気がかりなどーがあると、脳は関連の薄いほかの記憶を検索しはじめる。

中略

意外性があり、創造性と洞察にあふれ、役に立つ連想を検索し、強化して、夢という形で気づきをうながす。
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日中は「こうあるべきなんだ!」という強い思い込みで判断をしていて、寝ている間に「でも、そうじゃないかもなあ」と振り返っている感じでしょうか。

案外、弱々しい気づきが大事だということです。

という前フリをしつつ、明日から年末年始の長期休暇。

例年と変わらず、ぼんやりして過ごすことになるでしょう。

2021.12.20

クロノスとカイロス

西洋には昔から「時」にまつわる二つの区分があり、クロノスとカイロスと呼ばれています。

Wikiよりちょっとわかりづらいですが引用しますと
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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%8E%E3%82%B9_(%E6%99%82%E9%96%93%E3%81%AE%E7%A5%9E)

時間神クロノスと、やはりギリシア神話の神カイロスという2つの言葉は、元々は「時」を表す一般名詞である。καιρός(カイロス)は「時刻」、χρόνος (クロノス)は「時間」を、それぞれ意味する。
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連続的にずっと過去から未来につながっているものをクロノス、今の一瞬を深く刻みこんでとらえるのがカイロス。

この二つの軸を応用すれば、世界は切り取りやすくなります。

1cm自体は見えるものの、1cmを細かく分割していくと無限に終わらない、数学の話。

将来のために定期預金をしながら、今日は特別なごちそうを家族で堪能するという、お楽しみの話。

達成すべき目標のKPIを設定しつつ、実際に画面を操作する人の体験(ユーザビリティ)を究めるという、ウェブサービスの話。

過去の数字から会社の業績を予想しながら、働いている人の満足感を高めるという、会社経営の話。

クロノスとカイロスという二つの概念。

このように区分されたのは、おそらくうまく両立させるのが難しいからかと推測しています。

あまりに個人の世界に没入しすぎても世界と折り合いがつかず、世界のルールばかり気にしていては個人がなくなります。

しかしながら東洋的に見れば、理解しやすいように二つに区分するから問題が生まれている可能性もあります。

ですから、そのあたり全体を踏まえて経営するときは慎重に一つずつ考えるようにしています。

2021.12.13

あちこちで転び、立ち上がる

小さいころに目一杯走って、転んで、膝をすりむいて、という経験は誰にでもあります。

次第にどのぐらいの力でやれば転ぶかが分かってくるので、そうそうはこけなくなります。

やがて成長すると物理的に転ぶことは少なくなり、今度は心理的に転ぶことが増えてきます。

試験の結果が悪かったと転び、料理したら手を切ったと転び、友だちと微妙になったと転び、スポーツが上達しなくなったと転び、お金を落としたと転び、恋人にふられて転び、アルバイト先でリーダーとしてうまくいかず転び、上司と話が合わなくて転びます。

転ぶこと自体に良いも悪いもありませんが、立ち直れないほどの大怪我は避けたいものです。

うまく転べるようになるには、つまづいてすり傷を作りながら、立ち上がってまた挑戦するしかありません。

しかし現代につまづき、再びトライする機会はそこまで多くないのです。

転ぶ前に親や学校のサポートがあり、スマホやエンタメがあり、心にすり傷をつけなくても生きていけます。

親にとっても子どもが転ぶ姿を見るのが苦痛でしょうから、障害を避けるように手配するでしょう。

または転んでもまったくサポートがなく、孤立して自分の傷を深めていくこともあります。

そんな状況ですから、あちこちで転ぶ練習をするには戦略性まで必要になってきます。

やる側がどう転びやすい環境なのか、どのぐらいの転び方の幅に収まるのか、転んでもまたトライできるレベルなのかを考えて、同時に見守る側は何を見るべきで何を見ないようにするべきなのか、どんな時にどの種類のサポートをするのかを推し量らねばなりません。

人の成長に関わる問題なので、当然会社のマネジメントも同じような課題にぶつかってきています。

きれいに組織化され、素晴らしいビジョンや計画があり、優れたシステムや能力があるだけでは継続的な発展ができなくなってきているように思います。

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