少人数+ソフトウェア+サーバやロボットの組み合わせで
新しい時代の会社経営を進めています。
そのプロセスの一部をこのコーナーでお伝えできればと思っています。
2024.05.20
ビジネスでは、レバレッジを効かせるという用語をよく聞きます。
レバレッジ=てこ(梃子)の原理ということで、主に小さな力で大きなものを動かす仕掛けの意味で使われます。
ですが、実際の梃子の原理は3つほどあり、身近なものは以下の通り。
ーーーーー
てこ(梃子)
https://w.wiki/45zx
第1種てこ
力点を右側とした場合は、左から「作用点、支点、力点」の順になる。
代表的なてこの一種で、古くから巨石などを動かすのにも使われてきた。
この種類のてこを用いて大きなものを小さい力で動かす仕組みを使っている道具として、くぎ抜き、洋はさみ、缶切り、ラジオペンチ等がある。
小さなものを速く大きく動かす仕組みとしてはトレビュシェットがある。
おもりが落下することによって石弾を高速で投擲(とうてき)することができるが、おもりは石弾の数倍〜数十倍の重量が必要となる。
第2種てこ
作用点を中心に置き、力点と支点が外側になる場合である。力点を左側に置いた場合は、左から「力点、作用点、支点」の順になる。
この方法を使って大きな力を加えて用いる道具には、栓抜き、くるみ割り器、蟹割り器、穴あけパンチ、空き缶つぶし器等がある。
第3種てこ
左側を作用点とした場合は、左から「作用点、力点、支点」の順になる。
力点に加えた小さな運動は、作用点において大きな運動となる。
その代償として、この種類のてこでは、加えた力よりも小さい力が伝えられる。
この種類のてこを用いた道具には、ピンセット、トング、手持ち式のホッチキス、箸、和鋏などがある。
ーーーーー
興味深いのは3つ目で、加えた力より小さな力しか得られないのに確かにピンセットや箸は便利な道具です。
つまり梃子の原理とはただ大きくするだけではなく、場合によっては弱くなってでも集中させることで局所的に力を発揮するために使われるということ。
次から次へと果てしなく生まれていく情報から、有用なものだけうまく絞り込む自律的なシステムを作る。
逆説的に見えるかもしれませんが(情報の無秩序さの度合い=エントロピーの視点からみれば)、これも立派なレバレッジであり、目には見えないレバレッジといえるのではないでしょうか。
2024.05.14
以前、知り合いの心理学者に“学ぶ”というプロセスを教えてもらいました。
曰く
「子育てでいえば、親が子どもにたくさんの情報を与えればいいってもんじゃないんですね。
これがいい情報だよ、ああしないと失敗するよって言っても意味ないことが多いんです。
言った時はできても似たような場面ではダメだったり、そもそも覚えてなかったりする。
前にいったじゃない、なんで同じ失敗するの、ちょっとは考えてっていうフレーズをしょっちゅう言うことになります。
なぜだと思います?
それは子どもの頭の中に、その情報をうまくキャッチできるアンテナができてないからなんですよ。
頭の中に魚の骨みたいなアンテナがあれば、ただ見たり聞いたりするだけで情報がどんどん引っかかって、血となり肉となっていく。
そうすると、いつの間にか自然と立派な魚に仕上がるんですね。
でも、アンテナができてないとすべての情報が右から左へ流れていってしまうだけ。
その場ではうまく真似られても、腑に落ちてないから(ビジュアル的には臓腑になってないから)応用できないんです」
では、と続けてみました。
「とすれば、頭の中のアンテナってどうやって作れるんですか?」
再び曰く
「アンテナがあるということは、骨格となる基本情報なら知っているという状態です。
ベースとなる知識が多少あって、さらに全体像がわかっているとアンテナになりやすい。
下水道の知識があると、歩きながらマンホールに興味もったりしますから。
ところが、この基礎となる情報って口で言うのは簡単なんですが、、、
実は頭に入りづらいんです。
要はアンテナができる前に情報を伝えないといけないわけですから、その基礎的な情報ってどうしても退屈に見えちゃうんですね。
だから、そこは工夫が必要になります。
できれば、知らず知らず覚えてしまっているようにいろんな実体験をさせたり、毎日ゆるーっと少しずつ少しずつ話をしていくのがいい。
家庭での会話が大切といわれるのはそういう側面がありますね。
友だちづきあいから新しいことに興味を持つのもそうです。
アンテナが増えてくると捉える情報が多くなりますから、それが好奇心がある、という姿勢に見えてきます」
なるほどなあと思ったので、それからさらに“教えなく”なりました。
それより、どうでもいい話をあれこれ広く展開しておくのがいいんだなと。
オフィスにビジネスっぽくない本を置いているのも同じ理由からです。
広くて浅い知恵のベースを作ることが、いつの日か競争力になったり、ならなかったりする。
Mogicでいえば、それを10年、20年という長いスパンで取り組んだりしています。
2024.05.07
会社で投資を行う際に、これは一体いつまでに資金として回収できるんだろうと思うことがあります。
もちろん誰かに説明したり、資料にまとめる都合上、便宜的に回収のタイミングと収益率を見繕いますが、現実にはよく分からないものです。
なんとなくビジネスの成長を見越してサーバを10台ほど追加で購入したとして、本当はどこでリターンするかは他の要素も多すぎて見極めきれないことがあります。
このことを金利を通じて説明した文章があったので引用してみます。
ーーーーー
金利「時間の価格」の物語
https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/24/02/21/01275/
利子ー貨幣の時間的価値ーは価値評価(バリュエーション)の核心にある。
中略
投資という行動ーたとえば、工場や機械などのインフラを整え、新しい工場を建てるーは、投資家が現時点での消費を見送ることが必要になる。
結果として利益が生じるまでに時間もかかる。
理論上では投資は、少なくとも収益率が投資家の時間選考に見合う場合にのみ行うべきものなのだ。
ジョン・レイは、社会が資本投資を行うかどうかの決定は、「その社会の成員の多くが現時点での財を、ある期間が満了したあとにその財が二倍になるのなら手放してもいいと考える、その期間の長さ」によって決まると言っている。
中略
金利が低下すると、企業はより遠い先に利益が出るプロジェクトに投資する傾向が出てくるーハイエクの用語で言えば、「生産構造」が迂回化するのだ。
金利が自然な水準より低く保たれていると、見当違いの投資が起こる。
生産に使われる時間が多くなりすぎる、別の言い方をするなら、投資収益が初期支出を正当化できないということだ。
オーストリア人経済学者のおかげで有名になった用語を使うなら、「誤投資(マルインベストメント)」は多くの形をとって、多くの規模で現れる。
たとえば、海底トンネルの建設といった費用のかかる「無用の長物のプロジェクト」や、まともに利益が上がるとは見込めない絵に描いた餅の技術計画などだ。
ーーーーー
低い金利で多くの資金を調達できるのと同じように(ごくたまに)手元資金が豊富にあった場合に投資するという行為は、(ごくたまにがゆえ)知らず似たようなプロセスになるんじゃないかという恐れが頭をもたげてきます。
つまり、(本当にあるかどうかは別にして)手元資金が潤沢だと感じられる状況ほど、生産構造にお金をかけすぎて求める時間内にまったく回収できない罠に自らはまりにいってるんじゃないかと。
マクロからミクロへの荒々しい類推から導くに、やはり投資する際の分からなさはいつまで経っても拭いきれないものじゃないかなと感じています。
2024.04.23
起業する前にビジネスモデルを研究していた時期があります。
1日3業種を取り上げ、30日間、およそ100業種分ほどやっていました。
業種のリストアップは計画的とは程遠く、目についたものは何でも調べていくというスタイル。
美容院、ドラックストア、コンビニ、コインランドリー、飲食店、居酒屋、スナック、ケーキ屋、鉄道、旅客機、旅行会社、民宿、スーパー、コンビニ、運送業、兼業農家、都市近郊野菜農家、漁師、養殖業、林業、製鉄業、製紙業、建築設計会社、介護施設、保険販売、不動産会社、グラフィックデザイン会社、広告代理店、卸売問屋、市役所、NPO団体というような脈絡のない感じ。
一概にビジネスモデルといっても幅が広すぎますから、まずは1ヶ月あたりの損益計算書を架空で作り、季節変動を見越した年間の数字をはじきます。
次いでモデルが出来上がるまでに必要な初期費用、運用にかかる費用、突発的な費用を見積もります。
便利なもので設備、家賃、人件費といった数字はネットにありますので妥当なものを拾ってシミュレーションができる構造を組み上げます。
ここまで来るとその業種の構造がなんとなく分かっているので、リピーターの継続率や在庫の回転率といったパラメータをいじることで黒字になりやすさ、赤字になりやすさを見定めて事業のブレ幅をとります。
そうすると万が一のインパクトを想定できますから「ああ、この事業は普段はいいけど外部要因で急激に悪化するんだな」という意味づけをして、リスクとしてまとめて一旦終了です。
ざっくりとした方法ですが、おかげで業種をまたいでうまくいきやすいモデルのイメージをつかむことができた気がします。
その知見を活かすとして、もし田舎に戻ることがあれば1Fで不動産屋、2Fはスナックといった複合モデルをやってみるかなあと思っています。
2024.04.16
ちょっと時間が空いた時にオフィスや誰かの部屋かに構わず、設備のメンテナンスを手伝っています。
今回始めたのは、シャワーヘッドのついた水道栓の取り替え工事。
電気工事と違って免許が必要なく気軽に着手できるのですが、水道系はなんといっても作業スペースが狭いのが難点です。
洗面台の下ドアをパッと開けて、大量のモノを取り出し、仰向けになって頭からゆっくり奥まで滑り込むとようやく水道のホースが見えてきます。
スマホのライトを頼りに温水と冷水の接続を確認し、水道管の耐久性を見定めて、水道栓を下から固定するナット周りを確認するためにパシャパシャと写真を撮ってまずは一段落。
ネットで水道栓の代替品を割り出して、細かな仕様を一つずつ突合し、最後に価格を見定めてから、交換の手順をイメージします。
ただ実際やってみると古い水道栓が思わぬ接合をしていることがあるので、予想以上に悪戦苦闘することも少なくなく。
ふう、なんでこんなことになったんだろう、と思いながらも、自分が役に立てることに時間の許す限りトライしています。
専門家に頼めば一瞬で済むことを、あれかこれかと調べてやってみる。
自分で手をいれることは、リスクを背負うことにもなります。
もし古い水道栓が錆びて取れなかったら?代替品がうまくつながらなかったら?後日水が漏れたりしたら?水漏れによる周囲に被害が広がったらどうなるんだろうと。
まったく面倒なことに首をつっこんでいると思われることでしょう。
ビジネス的にいえば、不慣れで手間のかかる仕事は専門家に頼んでカバーすべきといわれる事案です。
それはそうなんですが、でも工事だけじゃなく、仕事も経営もそう。
誰もが面倒そうと思うから、やってみる価値があるんじゃないか。
で、やってみたら、ふう、違う面倒くささがある、それが捨て難いんです。
2024.04.08
「あなたが普段から食べているものを教えて欲しい。あなたがどんな人であるか、当ててみせよう」
これは、18世紀に生きた美食家の言葉としてよく知られています。
時は流れて、21世紀初め
今度は、似たようなことをコンピュータに尋ねられるようになりました。
「あなたが普段から使っている単語を教えて欲しい。あなたがどんな人であるか、当ててみせよう」
そうして、さらに進んで現在
「あなたが普段から使っている文章を教えて欲しい。あなたがどんな人であるか、当ててから代わりに書いてあげよう」
食べ物を生活様式の表象としてベクトル化し、食べ物と食べ物の間にある相関係数を使って人物像を割り出す手法は、単語や文章、画像にも及ぶようになりました。
一個人のユニークさが、統計というフィルタを透過して平たく写像される流れは避けようもありません。
人が人を人らしく感じられるとは何か?
その境界線はどこにあるのか?
これからの会社経営で、とても大事なテーマになってきました。
2024.04.02
いろんなチームからインターン生が作ったものにレビューして欲しいという依頼がきます。
会議室に呼ばれると、彼らがひとしきりプレゼンしてからどうでしょう?と聞いてくるのがよくある流れ。
最初の1、2枚見るとフィードバックすべきことが浮かびますから、そこから残りの時間はこのまま彼らが歩いていく未来を想像しています。
例をあげるなら、こんな感じ。
与えられた課題はうまくまとめている、これなら周囲から卒なく仕事ができる人と認められるだろう、自分も一人前になった気がして一安心、だが数年後に後輩が同じようにできてるなら自分の存在意義が薄れてくる、実は誰もができる仕事じゃないかという疑問、そしてキャリアや生きがいという影がどこまでも追いかけくることに気づく。
依頼された仕事をきちんとやる、それはとても大切なことです。
その上で、一つでいいから自分のこだわりを入れてほしいと思っています。
こだわりとは、その人の性格や生きてきた道からしか生まれないもの。
誰にも気づかれず、誰かにけなされたとしても、こだわりを入れておく。
こだわりを入れつづける気概は積みに積み上がり、やがて生きていく礎に変わっていくことでしょう。
2024.03.26
そういえば、起業してからずっとマイペースでした。
のんびりしてるね、とも言われます。
右肩上がりの急成長、指数関数的な放物線、桁違いなスケールアップといった慣用句とは無縁でした。
たわいもない話で盛り上がり、美味しいスイーツを食べ、自分たちが信じられることができるならそれで十分。
そういえば、昔からの顔ぶれは変わらず、笑い声が聞こえてくるばかり。
たぶん、これからも変わらないんだと思います。
急成長を求めるなら、それを目指す会社はたくさんあります。
華麗なキャリアなら、それを実現できる職場はたくさんあります。
Mogicはといえば、鴨がくつろぐ池のほとり、ゆるやかに暮らしたい人を求めています。